1. ホーム
  2. サイドバー
  3. お役立ち情報
  4. > 『終わりなき日常』から紐解く【生きる意味】

終わりなき日常~宮台真司の考察~

10代~20代の頃 生きる意味についてよく考えていました。

心理学から精神分析~宗教学etc
いろんな本をむさぼり読み
カウンセリングの講座に通ってみたり
グループカウンセリングを受けてみたり
政治団体の勉強会に参加したり
自分の生きる意味を求めて足搔いていました・・・

 

生きる意味をもとめても
いくら考えても
掴めなかった末に
社会学者 宮台真司さんの著書に辿りつきました。

 

その本のタイトルが、

『 終わりなき日常を生きろ
~ オウム完全克服マニュアル ~ 』

だったのです。

 

 生きる意味 ~ 日常に感じる空虚感

『 終わりなき日常 』 とは何か?

『 終わりなき日常 』 とは

この世は永遠とおもしろくもなく

つまらない日常がだらだらと続いていく

 

何か胸躍るような出来事が起こるわけでもなく

光り輝くような時代も来ない

モテない奴は永遠にモテず

さえないヤツは永遠にさえない

 

特別に強大な恐怖や振動があるわけでもなく

ただ のっぺりと ぼんやりした

日常が永遠に続くだけだ

 

俺達に必要なのは

その 薄ぼんやりとした思い

漠然とした思いを抱えながらも

このつまらない日常をやり過ごす智慧だ

という物言いでした・・・

 

 生きる意味をもとめて…

この世は永遠と『終わりなき日常』が続いていくだけだ・・・

という宮台真司さんの世界観に衝撃を受けた私は、

その通りだ  確かにその通りだと感じました

いろいろやって 足搔きまくっても自分の人生に充実感や意味を感じられなかった当時の私にとって『終わりなき日常』という言葉は物凄くインパクトがありました。

 

宮台真司さんは言います。

『 生きる意味がないから人生が楽しくないのではない

人生を楽しめないようなタイプの人間だから

生きる意味をもとめてしまうのだ     』

 

この言葉も衝撃でした

確かに人生を楽しんでいる人達は

そもそも生きる意味など考えたことがない・・・

 

もともと なぜ生きているのか

などという発想がない

 

以前からなんとなく分かってはいましたが

核心をズバっと突き刺す言い回しだったので

物凄く腑に落ちると同時に

ガツッ!と頭を殴られたような衝撃がありました

 

では、どうすればいいのか?

生きる意味を考えてしまう私のようなタイプは

どのように生きればいいのか?

 

次に湧いてきたのはこの切実な疑問でした・・・

 

 生きる意味から強度へ

『 生きる意味がないから人生が楽しくないのではない

人生を楽しめないようなタイプの人間だから

生きる意味をもとめてしまうのだ       』

 

この言葉を噛みしめ確かにその通りだと思いました。

その通りだが、ではどうすればいいのか?

意味を考えてしまうタイプの私はどのように生きればいいのか・・・

この思いが切実に浮上してくるわけですが、

それに対して宮台真司さんはこう答えます。

 

『 人間はもともと意味をもとめて生きてきたわけではない

原始時代を思い返してみれば

獲物を捕らえたときの

手の中でビクビクと動く躍動感

捕らえたー

という思いとともに湧いてくる感情

こんな感覚のなかに生きている実感を感じてきたのだ

 

これを強度といいます

意味ではなく強度をもとめなさい      』

 

なるほどぉ

と思いました

 

意味ではなくて強度をもとめることにより

生きる実感を掴めばいいのか!

 

現代は原始時代ではないので狩りをする機会を

もつのは難しいですが、現代社会のなかで

強度をもとめる作法は若者に学びなさい

というのが宮台さんの提唱した内容でした。

 

 生きる意味ではなく強度を得る作法

強度をもとめる作法は若者に学ぶ

とはどういうことなのか?

 

原始時代は狩りによって

近世までの時代は祭りなどによって

人類は強度を得てきた

しかし、現代は狩りをする機会がないし、祭りもかつてもっていたような機能を失いつつある・・・

そんな現代社会にあって強度を得る方法とは?

若者の生活スタイルをフィールドワークして彼らが日常をやり過ごす工夫を分析した宮台さんは強度を得る方法として、

・スノーボード
・サッカー
・車のローリング
・ダンス
・SEX

を例にだします。

 

要は身体を使って強度を感じろ

ということだったんだと思います。

当時 宮台さんに心酔していた私は生きる意味問題をクリアするためにこの方向で突き進み結局 玉砕します・・・

つまり、この方向で突き進んだ行く末がうつ病だったということですね・・・

 

うつ病から回復してみて宮台さんの言おうとしていたことの有用性と問題点両方が見えるようなりました。

 

 生きる意味問題のクリアの仕方

宮台真司さんの提唱していた

『終わりなき日常』
『意味から強度へ』

うつ病から回復した減地点から俯瞰してみると、いろいろと感じることがあります。

 

『終わりなき日常』 は確かにインパクトがあった

リアルな現実感もあった・・・

しかし、希望がなかったのだと思います。

その世界観、人間観にはむしろ絶望の匂いさえあったのかもしれない。強度という考え方は有効な部分もあると思います。

 

現代人はとかく思考に偏りがちです。

人間の脳には左脳と右脳があり思考と感情を司っていますが、現代人は歴史上のなかでも左脳の使用の割合が極端に大きいのでしょう。

資本主義は思考し論理を追究することによって発展してきたのでしょうからその社会システムを支える学校教育も当然 思考中心 左脳的な知識を教えることに重きを置くことになります。

美術・音楽・体育などの教科もありますが、やはり思考中心の教科に比べれば比重の大きさが格段に低いですよね・・・

 

思考と感性の割合は5:5が理想でしょう

つまり、生きる意味から解放されるには、

右脳を使う = 感じる力を高める

が処方箋になると思います

 

強度を得るはその一つの手段だと思いますが、強度ほど強いものでなくても感じる力を高めていけば自ずと意味問題から抜けることができます。

そして、もう一つ私がNLPに出逢ってよかったのは人間に対する信頼感があったからでした。

『終わりなき日常』 にはどこか絶望を感じさせる響きがあった。

それに対してNLPは私に希望を感じさせてくれたのでした。

 

『 誰でもその人の中に必ず光がある 』

それは自己治癒力なのかもしれないし

生命力と言えばいいのかもしれない

その人のなかにある光にフォーカスしさえすればいい

 


感じる力を高める → 五感のフル活用

 

 生まれてきた意味は、

アインシュタイン博士が来日したときに、ある新聞記者が次のような質問を投げかけたそうです。

『 人は何のために生まれてくるのですか? 』

切羽詰まったようなその記者を振り返りながら

バカなことを言うなぁ

というような表情を浮かべ博士はこう応えました。

 

『 人は人を幸せにするために生まれてくるのですよ 』

 

私のNLPの先生はこう仰っていました。

『 人は幸せになるために生まれてくるのです

あなたは幸せになるために生まれてきたのですよ 』

 

なるほど

ということは、

 

人は幸せになって

まわりの人は幸せにするために生まれてきた

 

ということかな

素敵な答えだと感じます☆

 

 

うつ病・抑うつ状態でお困りの方やお仕事を休職中の方向けのカウンセリングについてもっと知りたい方はこちらのページにてご案内しております。

※当サイトに掲載されているクライアントさまのご感想・事例は個人の体験談になります。
カウンセリングで得られる結果には個人差があります。

名古屋市中村区那古野1-44-17 嶋田ビル201

地下鉄桜通線
国際センター駅 徒歩2

営業時間 10:00〜22:00

休診日 月曜日

大岳カウンセリング.room
ご予約・お問合せ 080-6970-1972
友だち追加