生きる意味問題をクリアする~宮台真司への考察~
宮台真司さんの提唱していた
『終わりなき日常』
『意味から強度へ』
をうつ病から回復した減地点から俯瞰してみると
いろいろと感じることがあります。
『終わりなき日常』 は確かにインパクトがあった
リアルな現実感もあった・・・
しかし、希望がなかったのだと思います。
その世界観、人間観には
むしろ絶望の匂いさえあったのかもしれない
強度という考え方は有効な部分もあると思います。
現代人はとかく思考に偏りがちです
人間の脳には左脳と右脳があり
思考と感情を司っていますが
現代人は歴史上のなかでも
左脳の使用の割合が極端に大きいのでしょう
資本主義は思考し論理を追究することによって
発展してきたのでしょうから
その社会システムを支える学校教育も
当然 思考中心 左脳的な知識を教えることに
重きを置くことになります
美術・音楽・体育などの教科もありますが
やはり思考中心の教科に比べれば
比重の大きさが格段に低いですよね・・・
思考と感性の割合は5:5が理想でしょう
つまり、生きる意味から解放されるには
右脳を使う = 感じる力を高める
が処方箋になると思います
強度を得るはその一つの手段だと思いますが、
強度ほど強いものでなくても感じる力を高めて
いけば自ずと意味問題から抜けることができます
そして、もう一つ
私がNLPに出逢ってよかったのは
人間に対する信頼感があったからでした。
『終わりなき日常』 にはどこか
絶望を感じさせる響きがあった
それに対してNLPは私に希望を
感じさせてくれたのでした。
『 誰でもその人の中に必ず光がある 』
それは自己治癒力なのかもしれないし
生命力と言えばいいのかもしれない
その人のなかにある光にフォーカスしさえすればいい






