AKB総選挙にみる日本の世相
AKB総選挙 2011
決まりましたね☆
すごく盛り上がって、
日本中が注目していたのは分かるのですが
あの選挙のTVを見ていたら
何か違和感がして
ザラっとした
感情が湧いてきました
どのメンバーもがんばっているのでしょうし、
TVや芸能界はそういうところだと
言われればそれまでなんですが ・・・
同じグループのなかでも比較されて、
誰が人気があるかで 競わされて 煽られる
(それでCDも売れて利益がでる)
AKB総選挙は今の日本社会の象徴みたいに感じます
学校も比較 比較
スポーツも
就職活動も
会社へ入っても
同僚と競い合って比べられる
それが当たり前
普通のことだから
他人と比較するのが
体にも心にも染み込んで浸透している
そんな枠組みがガッチリと出来上がってるなかで
ありのままの自分を受け入れる 認める
ってことに軸足を置いてやっているわけですが
生き辛いよなぁ と感じるのです
繊細で生真面目な人程 ・・・
学校の仕事で成績をつけるというのも
深く意識してはいなかったですが、
私にとってかなりの心理的負担になっていたようです
学校の成績は絶対評価を導入といっても
社会の価値観のベースが相対評価だから
そこを考慮せざるを得ない
結局
上から 何%が 5
下から 何%が 1
と 成績を付けていました ・・・
思いっきりその子の自尊心潰すようなことをしてしまっている
と無意識的に苦しかったんだと思います
突っ込んで言えば、
自分自身を裏切っていた
その作業(仕事)をすることが、
自分自身の最も大切にしたいコア(核)を裏切っていた
だから苦しかったんだと思います
あるがままを承認どころではない
他のところでカバーしたとしても根本的にやってることが矛盾してる
自分で言うのも何ですが、
そんなことを突き詰めて考えざるを得ないほど繊細な性格だから
鬱になったんだろうと ・・・
ありのままの自分を認めるベクトルへのシフトは
ある意味
今の社会の流れから 飛び離れるような飛躍を要するというか
意識 と 生き方の転換がないと可能にならない気がします
それほど
他人と比較せず
ありのままの自分を受け入れる心の在り方になるのが
難しい社会状況があるよなぁ と ・・・
でも、 鬱こそがその飛躍を可能にするのではないか
もちろん、鬱にならなくても
ありのままの自分を受け入れることはできるだろうけれども
現代社会と自分の本質との間に横たわる溝というか
巨大な渦の流れを飛び越える希望が
鬱にこそあるのではないかという気がします
【 鬱こそ あるがままに到る希望☆ 】






